2006年09月27日
【植草事件】 国策捜査について
植草氏の今回の事件について、インターネット上で「国策捜査ではないか」という人がいるようである。
そもそも現時点において、私は植草氏が痴漢をしたかしてないかについての情報はまだ出揃っていないのではないかと思っている。そのように思う私からすれば、国策捜査なのかそうでないのかについて判断できる情報など無いのではないかと思ってしまう。
というよりもその前に、国策捜査というのは一つの説であって、首相官邸の指示とかアメリカが介入しているのではないかという、疑惑や陰謀の類であろう。そのような類のものは雑談や想像においては面白いものなのかもしれないが、価値判断や主張において国策捜査なる言葉を強調するという事であれば、それは甚だ疑問である。
「国策捜査」なる言葉が用いりだされたのは佐藤優氏の著書「国家の罠」からであろう。そしてその佐藤優氏は、別に首相官邸の指示やアメリカの介入だとかという含意を込めて国策捜査という言葉を使ったわけではないのではなかったか。
国策や時代風潮に反する人たちが捜査・逮捕の対象と見なされがちになるという意味の事を「国策捜査」であるという事であるのならば、今回の植草氏の事件は国策捜査であるというのは一つの見方という事になるのかもしれないが。
そもそも現時点において、私は植草氏が痴漢をしたかしてないかについての情報はまだ出揃っていないのではないかと思っている。そのように思う私からすれば、国策捜査なのかそうでないのかについて判断できる情報など無いのではないかと思ってしまう。
というよりもその前に、国策捜査というのは一つの説であって、首相官邸の指示とかアメリカが介入しているのではないかという、疑惑や陰謀の類であろう。そのような類のものは雑談や想像においては面白いものなのかもしれないが、価値判断や主張において国策捜査なる言葉を強調するという事であれば、それは甚だ疑問である。
「国策捜査」なる言葉が用いりだされたのは佐藤優氏の著書「国家の罠」からであろう。そしてその佐藤優氏は、別に首相官邸の指示やアメリカの介入だとかという含意を込めて国策捜査という言葉を使ったわけではないのではなかったか。
国策や時代風潮に反する人たちが捜査・逮捕の対象と見なされがちになるという意味の事を「国策捜査」であるという事であるのならば、今回の植草氏の事件は国策捜査であるというのは一つの見方という事になるのかもしれないが。
2006年09月25日
【植草事件】仮定・想像・憶測
今回の植草氏の事件で、「ワキが甘い」なる声が聞かれるのだが、はたしてそうなのだろうかと私は思う。
というのは、報道によれば植草氏は両手にショルダーバックと傘だったか、両手はふさがっていた状態であったとなれば、痴漢していると疑われない事の予防として持っていたと考えられる余地があるのではないかと思うのだ。
それともう一つ、酒を飲んで電車を乗るのは迂闊であったという人もいるようだけども、私は酒は普段飲まない人ではあるが、人間は仕事上において何かしらの付き合いがあると思うので、自宅より遠いところで酒を飲まなくてはならない機会が生じたところで何の不思議ではないと思う。だからもし、酒を飲んで電車を乗るのは迂闊であるのならば、どんな状況や場面に置かれても植草氏は酒を飲んではならない存在なのかという話になってくるのではないだろうか。
と、こう書きながらも、私は植草氏がワキが甘かったのか迂闊だったのかどうかは、判断保留としたい、というよりも、その事には私は興味がない。その理由を述べれば、まだ植草氏自身がこの事件に対し、マスコミが報道している「酒の酔って覚えていない」とか「警察のでっちあげだ」と植草氏が供述したと言われる情報はあるが、まだ植草氏自身の詳細な主張というのか釈明というのか、そういうのはまだ聞かれてないと思っているので、ワキが甘いとか迂闊だったのかというのは、それは判断し難いのではないかと思うのである。また、植草氏自身が疑われるような行動をとったのだとしても、それよりもマスコミ報道であったり痴漢冤罪であったりなど、そうした事の方が問題ではないかと思うので、植草氏が疑われるような行動をとっていたとしても、私には興味がない。
仮に植草氏が疑われるような行動をしていて逮捕されていたとしよう。だとすれば、私は逮捕される事それ自体については、大きな問題ではないと思うし、また、その事に対しては植草氏自身にもいくらか問題があったという話だけで終わってしまうのではないか。だがもし植草氏が疑われるような事をして有罪判決となったら、法治国家の原則というのか推定無罪の原則というのか疑わしきは罰せずというのか司法制度の根幹に関わるというのか、そうした事の方がより問題ではないかと私は思うわけだ。
その他として私が思うところを述べれば、植草氏が痴漢したのかしていないのか、有罪となるべきか無罪となるべきか冤罪だったのか、そういう事については現段階においてはまだ判断できないのではないかと思っている。何故そう思うのかといえば、現段階においては、仮定の話や想像・憶測の話の比重が高くなってしまうのではないかと思うからだ。
ついでに言えば、だからこそ「推定無罪の原則」なるものがあるという事ではないだろうか。
かといって、仮定・想像・憶測の話だからといってそれらを全否定するつもりは私はない。というのは、仮定・想像・憶測の話から何らかの問題なり結論なりを導き出すための示唆を得られる可能性もあるとは思うからである。
それと最後に、植草氏が痴漢したのかしていないのかという事についての話をしよう。私自身は、実際この現場にいたわけでもないし、また現場にいなかった人が多数となれば、植草氏が痴漢したのかしていないのかについては「神のみぞ知る」とでもいう話になってくるし、「絶対正確な事実」は、私の知るところではない。ただ、加害者・被害者がどう主張しているのかという情報、その他としては証拠があるかないかといった話、そういうのが出揃い、「より正確な事実、もしくは事実と思われる事」が導き出されると思うので、そうしたものを総合すれば「より正確な判断」ができるのではないかと思う。
だから今回の事件においての私の立場は、「より正確な事実、もしくは事実と思われる事」を私なりに導き出す事により、「より正確な判断」をする事だ。というより、私にはそうする事しかできないという話でもあるし、また多くの人がそれと同様ではないかと思われる。
そして私にはそうした情報はまだ出揃っていないと考えているので、私の感情や経験則や勘では植草氏が痴漢はしていないので無罪・冤罪の類であると思っていたりはするのだが、実際はどうなのかについては、私には「より正確な判断」はできないわけだ。
というのは、報道によれば植草氏は両手にショルダーバックと傘だったか、両手はふさがっていた状態であったとなれば、痴漢していると疑われない事の予防として持っていたと考えられる余地があるのではないかと思うのだ。
それともう一つ、酒を飲んで電車を乗るのは迂闊であったという人もいるようだけども、私は酒は普段飲まない人ではあるが、人間は仕事上において何かしらの付き合いがあると思うので、自宅より遠いところで酒を飲まなくてはならない機会が生じたところで何の不思議ではないと思う。だからもし、酒を飲んで電車を乗るのは迂闊であるのならば、どんな状況や場面に置かれても植草氏は酒を飲んではならない存在なのかという話になってくるのではないだろうか。
と、こう書きながらも、私は植草氏がワキが甘かったのか迂闊だったのかどうかは、判断保留としたい、というよりも、その事には私は興味がない。その理由を述べれば、まだ植草氏自身がこの事件に対し、マスコミが報道している「酒の酔って覚えていない」とか「警察のでっちあげだ」と植草氏が供述したと言われる情報はあるが、まだ植草氏自身の詳細な主張というのか釈明というのか、そういうのはまだ聞かれてないと思っているので、ワキが甘いとか迂闊だったのかというのは、それは判断し難いのではないかと思うのである。また、植草氏自身が疑われるような行動をとったのだとしても、それよりもマスコミ報道であったり痴漢冤罪であったりなど、そうした事の方が問題ではないかと思うので、植草氏が疑われるような行動をとっていたとしても、私には興味がない。
仮に植草氏が疑われるような行動をしていて逮捕されていたとしよう。だとすれば、私は逮捕される事それ自体については、大きな問題ではないと思うし、また、その事に対しては植草氏自身にもいくらか問題があったという話だけで終わってしまうのではないか。だがもし植草氏が疑われるような事をして有罪判決となったら、法治国家の原則というのか推定無罪の原則というのか疑わしきは罰せずというのか司法制度の根幹に関わるというのか、そうした事の方がより問題ではないかと私は思うわけだ。
その他として私が思うところを述べれば、植草氏が痴漢したのかしていないのか、有罪となるべきか無罪となるべきか冤罪だったのか、そういう事については現段階においてはまだ判断できないのではないかと思っている。何故そう思うのかといえば、現段階においては、仮定の話や想像・憶測の話の比重が高くなってしまうのではないかと思うからだ。
ついでに言えば、だからこそ「推定無罪の原則」なるものがあるという事ではないだろうか。
かといって、仮定・想像・憶測の話だからといってそれらを全否定するつもりは私はない。というのは、仮定・想像・憶測の話から何らかの問題なり結論なりを導き出すための示唆を得られる可能性もあるとは思うからである。
それと最後に、植草氏が痴漢したのかしていないのかという事についての話をしよう。私自身は、実際この現場にいたわけでもないし、また現場にいなかった人が多数となれば、植草氏が痴漢したのかしていないのかについては「神のみぞ知る」とでもいう話になってくるし、「絶対正確な事実」は、私の知るところではない。ただ、加害者・被害者がどう主張しているのかという情報、その他としては証拠があるかないかといった話、そういうのが出揃い、「より正確な事実、もしくは事実と思われる事」が導き出されると思うので、そうしたものを総合すれば「より正確な判断」ができるのではないかと思う。
だから今回の事件においての私の立場は、「より正確な事実、もしくは事実と思われる事」を私なりに導き出す事により、「より正確な判断」をする事だ。というより、私にはそうする事しかできないという話でもあるし、また多くの人がそれと同様ではないかと思われる。
そして私にはそうした情報はまだ出揃っていないと考えているので、私の感情や経験則や勘では植草氏が痴漢はしていないので無罪・冤罪の類であると思っていたりはするのだが、実際はどうなのかについては、私には「より正確な判断」はできないわけだ。
2006年09月18日
【植草事件】 テレビ報道について
ネット経由の情報であるが、今回の植草事件におけるテレビ報道において、精神病医が出てきて、「この種の性癖はなかなか治らない」とか、「一種の病気なので地道な治療が必要だ」などと言ったのだという。
前回の事件において植草氏は無実潔白を主張しながらも控訴はしないという判断をした。控訴をしないという判断についてはどうこう言える余地はあるかもしれないが、ともかく前回の事件においては無実潔白を植草氏は主張しているわけである。
私はこうしたテレビ報道を自分の目で確認したわけではないが、ネット経由の情報を見る限りにおいて、「前回と同じような悪事を働いた」というのを印象付けさせるようなテレビ報道ではないかと思われるし、また「前回と同じような悪事を働いた」と認識している人も多いのではないかと思われる。このような報道は私には疑問なのである。
参考 H17.4.7 植草一秀氏コメント
前回の事件において植草氏は無実潔白を主張しながらも控訴はしないという判断をした。控訴をしないという判断についてはどうこう言える余地はあるかもしれないが、ともかく前回の事件においては無実潔白を植草氏は主張しているわけである。
私はこうしたテレビ報道を自分の目で確認したわけではないが、ネット経由の情報を見る限りにおいて、「前回と同じような悪事を働いた」というのを印象付けさせるようなテレビ報道ではないかと思われるし、また「前回と同じような悪事を働いた」と認識している人も多いのではないかと思われる。このような報道は私には疑問なのである。
参考 H17.4.7 植草一秀氏コメント
2006年09月16日
【植草事件】 「酔って覚えていない」とは何に対しての事なのか。
最近、アクセス数が急上昇しました。何故にアクセス数が急上昇したのかというと、分かる人には分かっているかと思いますが、植草一秀さんの痴漢事件に事について、です。
というわけで、その事について今日は書こうと思う。
ニュースを見ると、植草さんは「酔って覚えていない」と言ったそうです。で、その事についての私の疑問は、それは何に対して酔って覚えていないのか、という事です。
というのは、仮に植草さん、もしくは私でもこのブログを読んでいる人でもいいですが、痴漢をして捕まったとして、嘘をつこうと思ったとしましょう。その時、「貴方は痴漢をしましたか?」という質問に対して、「酔って覚えていない」とは普通答えないと思うんです。嘘をつくにしても、「していません」とか、そう答えるのが普通だと思う。
嘘をつくにしても、「酔って覚えていない」といって、何か得があるんでしょうかね。
だから、植草さんが「酔って覚えていない」というのは、「飲み会でどんな会話をしましたか?」とか、そういった類の質問に対しての答えではないか、と私は思ったりするわけです。
ただそうは言っても、私はその現場を実際に目撃したわけではないですし、これは私の想像や憶測の類でしかないのでしょう。だけどもこのように考えると、現段階のマスコミの情報だけでは、植草さんが痴漢したとかしてないとかという、はっきりとした判断はできないんじゃないか、と私は思うわけです。
私という人は植草事件と鈴木宗男事件について無実・擁護をブログで書いてきた人だから、こうしたマスコミの情報だけで痴漢したのかしていなのかと判断するのはどうか、と思うわけですね。
ではどのように判断するのかというと、マスコミ経由の情報だけではなく、実際に本人はどう主張しているのかという情報、それが大事になるのではないかと思います。マスコミが正確な情報を伝えていない可能性があるわけだから。
その他としては、伝えられている情報の話の辻褄が合っているとか合っていないとか、そういうのを考慮するのが大事ではないかと思います。
で、実際に本人はどう主張しているのかという事については、現段階においてはまだ正確ではっきりとした情報は無いわけでしょう。時間が経てば植草さんに主張する機会なり情報が出てくるでしょうから、それまでは植草さんが痴漢したかしていないかについてのはっきりとした事は分からない、というのが現段階で私の思うところであります。
そういう情報を得られたら、ブログに書いていこうと思っています。
というわけで、その事について今日は書こうと思う。
ニュースを見ると、植草さんは「酔って覚えていない」と言ったそうです。で、その事についての私の疑問は、それは何に対して酔って覚えていないのか、という事です。
というのは、仮に植草さん、もしくは私でもこのブログを読んでいる人でもいいですが、痴漢をして捕まったとして、嘘をつこうと思ったとしましょう。その時、「貴方は痴漢をしましたか?」という質問に対して、「酔って覚えていない」とは普通答えないと思うんです。嘘をつくにしても、「していません」とか、そう答えるのが普通だと思う。
嘘をつくにしても、「酔って覚えていない」といって、何か得があるんでしょうかね。
だから、植草さんが「酔って覚えていない」というのは、「飲み会でどんな会話をしましたか?」とか、そういった類の質問に対しての答えではないか、と私は思ったりするわけです。
ただそうは言っても、私はその現場を実際に目撃したわけではないですし、これは私の想像や憶測の類でしかないのでしょう。だけどもこのように考えると、現段階のマスコミの情報だけでは、植草さんが痴漢したとかしてないとかという、はっきりとした判断はできないんじゃないか、と私は思うわけです。
私という人は植草事件と鈴木宗男事件について無実・擁護をブログで書いてきた人だから、こうしたマスコミの情報だけで痴漢したのかしていなのかと判断するのはどうか、と思うわけですね。
ではどのように判断するのかというと、マスコミ経由の情報だけではなく、実際に本人はどう主張しているのかという情報、それが大事になるのではないかと思います。マスコミが正確な情報を伝えていない可能性があるわけだから。
その他としては、伝えられている情報の話の辻褄が合っているとか合っていないとか、そういうのを考慮するのが大事ではないかと思います。
で、実際に本人はどう主張しているのかという事については、現段階においてはまだ正確ではっきりとした情報は無いわけでしょう。時間が経てば植草さんに主張する機会なり情報が出てくるでしょうから、それまでは植草さんが痴漢したかしていないかについてのはっきりとした事は分からない、というのが現段階で私の思うところであります。
そういう情報を得られたら、ブログに書いていこうと思っています。
2006年09月13日
ブログ紹介バトン
ブログ「 [ものぐさ言行録]:http://monogusa.blog1.fc2.com/blog-entry-213.html 」から、ブログ紹介バトンが届きました。
・バトンを受け取った方は、下記にHNの記載をお願いいたします。
華→希衣那→下田りょう→れな→くりす→早月あすか→冴月禄→室崎→砂原→くう→ミノル→青木雨→tomo→jake→片梨曹浦→藍玉露→粉々凶子→榎柳蓮→暁吟→月満紫苑→電気羊緑→水城鈴→杉野唯架→夏樹→由貴→井上火垂→シュウ→イハチ→蒼夜→空野しずく→八重倉巧→夜星聖夜→星空茜→黒翼蒼士→ひろか→まきロン→あき→やまちゃん→みこと→のぞちゃん→ こっこ→キラ→じゅん→久遠→タキオン→おかまにょ→ジュリ→zoecchi→きんぎょ→ゆうこ→hi-chan→をかもと→taka→リオン→リサ→らっきーからー。→悠→エリ→レッド→ぷ〜→カタリーナ →Aki_1031→あさぎ→もも→YAGI節→ヒロ→えいじ→忍者悟
・貴方のサイト名を教えてください。
「探求する動物たち」です。
・いつからサイト運営し始めましたか?
二年前です。
・サイトのジャンルや属性について詳しく説明して下さい。
主に政治系統の話が多くなっているかと思います。その他、気の向くままにいろいろと。
・貴方のお知り合いの管理人に繋げるだけ繋いでください。
で、ここで思うことを書きたいわけだけど、このバトンというのは一人だけではなく複数の人に渡したりもしているわけですよね。
もし仮に3人ずつにバトン渡していくと、「1人→3人→9人→27人→71人→213人→…」と、このように数が膨れ上がっていくんじゃないか、と思うわけですよ。
これだけ人数膨らんでしまうとなると、バトンの送り主(バトンの題や質問を作成して送った人)は、それら全部見ることはできないと思うし、自分で作成して送っておいて、ただ放り投げているんじゃないかと思うんですよ。そういうのはどうかと思うんです。
じゃあバトンを受けとらなければいいんじゃないかと思う人いるかもしれませんけども、ネットとはいえ、交流とかあったりするわけだから、断わり難いものもあったりするわけですよ。まあ送られてきたらきたらで嬉しくもあったりするわけですが。
それと送り主と私の知り合いではないわけですから、なにやら怪しげなる意図があるのかとか、そんな事も考えてしまうわけなんですよね。たぶん、悪意があってバトンを送っているわけではないという気はしますが。
だから、送り主はホームページかブログのURLを公開して送るだとか、バトンが10人か20人に回ったらそのバトンは送り主に返却するだとか、目的やルールなどを明記してバトンを回すだとか、そういう事をした方がいいんじゃないかと思うんですよ。
と、そのようにいろいろと考えると、私は誰かのブログを指定してバトンを送る気にはなれないんです。もし誰か欲しいという方がいらっしゃるなら、取っていってください。
・バトンを受け取った方は、下記にHNの記載をお願いいたします。
華→希衣那→下田りょう→れな→くりす→早月あすか→冴月禄→室崎→砂原→くう→ミノル→青木雨→tomo→jake→片梨曹浦→藍玉露→粉々凶子→榎柳蓮→暁吟→月満紫苑→電気羊緑→水城鈴→杉野唯架→夏樹→由貴→井上火垂→シュウ→イハチ→蒼夜→空野しずく→八重倉巧→夜星聖夜→星空茜→黒翼蒼士→ひろか→まきロン→あき→やまちゃん→みこと→のぞちゃん→ こっこ→キラ→じゅん→久遠→タキオン→おかまにょ→ジュリ→zoecchi→きんぎょ→ゆうこ→hi-chan→をかもと→taka→リオン→リサ→らっきーからー。→悠→エリ→レッド→ぷ〜→カタリーナ →Aki_1031→あさぎ→もも→YAGI節→ヒロ→えいじ→忍者悟
・貴方のサイト名を教えてください。
「探求する動物たち」です。
・いつからサイト運営し始めましたか?
二年前です。
・サイトのジャンルや属性について詳しく説明して下さい。
主に政治系統の話が多くなっているかと思います。その他、気の向くままにいろいろと。
・貴方のお知り合いの管理人に繋げるだけ繋いでください。
で、ここで思うことを書きたいわけだけど、このバトンというのは一人だけではなく複数の人に渡したりもしているわけですよね。
もし仮に3人ずつにバトン渡していくと、「1人→3人→9人→27人→71人→213人→…」と、このように数が膨れ上がっていくんじゃないか、と思うわけですよ。
これだけ人数膨らんでしまうとなると、バトンの送り主(バトンの題や質問を作成して送った人)は、それら全部見ることはできないと思うし、自分で作成して送っておいて、ただ放り投げているんじゃないかと思うんですよ。そういうのはどうかと思うんです。
じゃあバトンを受けとらなければいいんじゃないかと思う人いるかもしれませんけども、ネットとはいえ、交流とかあったりするわけだから、断わり難いものもあったりするわけですよ。まあ送られてきたらきたらで嬉しくもあったりするわけですが。
それと送り主と私の知り合いではないわけですから、なにやら怪しげなる意図があるのかとか、そんな事も考えてしまうわけなんですよね。たぶん、悪意があってバトンを送っているわけではないという気はしますが。
だから、送り主はホームページかブログのURLを公開して送るだとか、バトンが10人か20人に回ったらそのバトンは送り主に返却するだとか、目的やルールなどを明記してバトンを回すだとか、そういう事をした方がいいんじゃないかと思うんですよ。
と、そのようにいろいろと考えると、私は誰かのブログを指定してバトンを送る気にはなれないんです。もし誰か欲しいという方がいらっしゃるなら、取っていってください。
2006年09月08日
「日本は長いあいだ、韓国から文化を吸収してきた歴史をもつ」とは何の事なのだろうか。
日本は長いあいだ、韓国から文化を吸収してきた歴史をもつ。その意味では、韓流ブームは一時的な現象ではない。〔安倍晋三著 美しい国へ 157頁〕
「日本は長いあいだ、韓国から文化を吸収してきた歴史をもつ」と本書には書いてあるのだが、そのようにいえる歴史が日本にあるのだろうか。あるとしたら、それは具体的に何の事を指し示しているのだろうか。
中国であれば、遣隋使だとか遣唐使だとかあったわけだから、それならまだ分かる。だが、韓国であれば、私は分からない。それはただ単に私が無知なだけであろうか。
2006年09月05日
観光地巡りと思考遊戯
本日、市内某所の観光地に行ってみた。
何故に行ったのかといえば、いろいろとあるのだが、その一つとしては、お金を貯めて今後いろいろと観光地巡りをしてみたいなと最近思うからである。そのために、とある観光地を巡るための比較対照として考える要素となるかなと思い、市内の観光地を行ってみたわけだ。
それともう一つの理由をいえば、家の中にこもって読書ばかりするのもどうかなという気がしたためである。思うに、特定の事柄にこだわりすぎると大局的なものの考え方に弊害が生じるのではないかという気がするのである。それ故、最近は趣味の拡大を目論んでおり、そしてその一つとして思いついたのが観光地巡りであった。
というわけで、その市内某所の観光地へ行ってみた。すると、これがなかなか面白いものであった。
私という人は何か考える事が好きな性分なのである。とある何かを見てどのような事を考えるかというのは、私の自由だ。仮にその考えが間違えていたとしても、自分の思考の内に留まらせておくだけならば、別に誰にも遮られる事はない。このように私は延々と思考遊戯を繰り返していた。
そしてこのように思考遊戯を繰り返して行くと、そういえばオルテガがこんな事を言っていたな、チェスタトンがこんな事を言っていたな、アダムスミスがこんな事を言っていたな、西部邁がこんな事を言っていたな…などと、私が読んだ本の言葉が思考を巡らす。どうやら、私の観光地巡りにおける思考遊戯の面白味であったり視点が、読書が一助となったようである。
案外もしかしたら、観光地巡りは病みつきになるかもしれない。
何故に行ったのかといえば、いろいろとあるのだが、その一つとしては、お金を貯めて今後いろいろと観光地巡りをしてみたいなと最近思うからである。そのために、とある観光地を巡るための比較対照として考える要素となるかなと思い、市内の観光地を行ってみたわけだ。
それともう一つの理由をいえば、家の中にこもって読書ばかりするのもどうかなという気がしたためである。思うに、特定の事柄にこだわりすぎると大局的なものの考え方に弊害が生じるのではないかという気がするのである。それ故、最近は趣味の拡大を目論んでおり、そしてその一つとして思いついたのが観光地巡りであった。
というわけで、その市内某所の観光地へ行ってみた。すると、これがなかなか面白いものであった。
私という人は何か考える事が好きな性分なのである。とある何かを見てどのような事を考えるかというのは、私の自由だ。仮にその考えが間違えていたとしても、自分の思考の内に留まらせておくだけならば、別に誰にも遮られる事はない。このように私は延々と思考遊戯を繰り返していた。
そしてこのように思考遊戯を繰り返して行くと、そういえばオルテガがこんな事を言っていたな、チェスタトンがこんな事を言っていたな、アダムスミスがこんな事を言っていたな、西部邁がこんな事を言っていたな…などと、私が読んだ本の言葉が思考を巡らす。どうやら、私の観光地巡りにおける思考遊戯の面白味であったり視点が、読書が一助となったようである。
案外もしかしたら、観光地巡りは病みつきになるかもしれない。
2006年09月03日
小説「日本沈没」のパロディ
うちの母ちゃんから聞いた話、なんでも、筒井康隆氏が小松左京氏の小説「日本沈没」をパロディした小説を書いたという。
その小説の名は「日本以外全部沈没」。日本以外の陸地が全て沈んでしまう話だそうだ。
そして調べたところによると、その「日本以外全部沈没」は最近、映画化されたそうだ。
別に見に行く予定はないが…面白い事を考えたものだな、と思った。
その小説の名は「日本以外全部沈没」。日本以外の陸地が全て沈んでしまう話だそうだ。
そして調べたところによると、その「日本以外全部沈没」は最近、映画化されたそうだ。
別に見に行く予定はないが…面白い事を考えたものだな、と思った。


